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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
がするとした意味の歌を書いたことを思い出し、あるものは辛いとも甘いとも言って見ようのない無限の味わいをふくみ持った世のありさまではあるぞとした意味のものであったことを思い出した。その時の師岡正胤が扇面に書いて彼に与えたものは、この人にしてこの歌があるかと思われるほどの述懐で、おくれまいと思ったことは昔であるが、今は人のあとにも立ち得ないというような、そんな思いの寄せてあったことをも思い出した。
やがて彼は床を離れて、自分で二階の雨戸をくった。二つある西と北との小さな窓の戸をもあけて見たが、まだそこいらは薄暗いくらいだった。階下の台所に近い井戸のそばで水垢離を取り身を浄めることは、上京以来ずっと欠かさずに続けている彼が日課の一つである。その時が来ても、おそろしく路に迷った夢の中のこころもちが容易に彼から離れなかった。そのくせ気分ははっきりとして来て、何を見ても次第に目がさめるような早い朝であった。雨も通り過ぎて行った。
「ゆうべは多吉さんもおそかったようですね。」
「青山さん、さぞおやかましゅうございましたろう。吾夫じゃあんなにおそく帰って来て、戸をたたきましたよ。