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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

04 第二部下

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页

青空文庫

恭順は久しいことそれをしまい込んで置いて、どうしても見当たらなかったが、最近に本箱の抽斗の中から出て来たと半蔵に語り、あの香蔵が老師鉄胤のあとを追って上京したのは明治二年の五月であったが、惜しいことに東京の客舎で煩いついたと語った末に言った。

「でも、青山君、世の中は広いようで狭い。君の友だちのからだをわたしが診てあげたなんて、まったく回り回っているもんですわい。」

こんな話も出た。

飛騨行きのことを勧めてくれたこの医者にも、恭順を通じてその話を伝えさせた不二麿にも、また、半蔵が平田篤胤没後の門人であり多年勤王のこころざしも深かった人と聞いてぜひ水無神社の宮司にと懇望するという飛騨地方の有志者にも、これらの人たちの厚意に対しては、よほど半蔵は感謝していいと思った。やがて彼は旧友の日記を借り受けて、恭順が家の門を出たが、古い神社の方へ行って仕えられる日の来たことは、それを考えたばかりでも彼には夢のような気さえした。

飛騨の山とは、遠い。しかし日ごろの願いとする斎の道が踏める。それに心を動かされて半蔵は多吉の家に引き返した。動揺して定まりのなかった彼も大いに心を安んずる時がありそうにも思われて来た。