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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

04 第二部下

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页

青空文庫

その後、正香が伊那の谷へ来て隠れていた時代は、正胤は上田藩の方に六年お預けの身で、最初の一年間は紋付を着ることも許されず、ただ白無垢のみを許され、日のめも見ることのできない北向きの一室にすわらせられ、わずかに食事ごとの箸先を食い削ってそれを筆に代えながら、襦袢の袖口から絞る藍のしずくで鼻紙に記しつける歌日記を幽閉中唯一の慰めとしていたという。先帝崩御のおりの大赦がなかったら、正胤もどうなっていたかわからなかった。この人のことは正香もくわしい。

その時、半蔵は先輩に酒をすすめながら、旧庄屋の職を失うまでの自分の苦い経験を、山林事件のあらましを語り出した。彼に言わせると、もしこの木曾谷が今しばらく尾州藩の手を離れずにあって、年来の情実にも明るい人が名古屋県出張所の官吏として在職していてくれたら、もっと良い解決も望めたであろう。今のうちに官民一致して前途百年の方針を打ち建てて置きたいという村民総代一同の訴えもきかれたであろう。この谷が山間の一僻地で、舟楫運輸の便があるでもなく、田野耕作の得があるでもなく、村々の大部分が高い米や塩を他の地方に仰ぎながらも、今日までに人口の繁殖するに至ったというのは山林あるがためであったのに、この山地を官有にして人民一切入るべからずとしたら、どうして多くのものが生きられる地方でない