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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

04 第二部下

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页

青空文庫

」

と言いながら、お民も客のいるところへ酒をすすめに来た。彼女は客や主人の膳の上にある箸休めの皿をさげて、娘お粂が順に勝手の方から運んで来るものをそのかわりに載せた。遠来の客にもめずらしく思ってもらえそうなものといえば、木曾川の方でとれた「たなびら」ぐらいのもの。それを彼女は魚田にして出した。でも、こんな山家料理がかえって正香をよろこばせる。

「奥さんの前ですが、」と正香は一口飲みかけた盃を膳の上に置いて、「いつぞや、お宅の土蔵のなかに隠していただいた時、青山君が瓢箪に酒を入れて持って来て、わたしに飲ませてくれました。あの時の酒の味はよほど身にしみたと見えて、伊那の方でも思い出し、京都や東京の方に行ってる時も思い出しました。おそらく、わたしは一生あの酒の味を忘れますまい。」

「あれから、十年にもなりますものね。」と半蔵も言った。

お粂がその時、吸い物の向こう付けになるようなものを盆にのせて持って来た。お民はそれを客にすすめながら、

「蕨でございますよ。」

「今時分、蕨とはめずらしい。」正香が言う。

「これは春先の若い蕨を塩漬けにして置いたものですが、塩をもどして、薄味で煮て見ました。