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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

旧暦十二月のさむい日が来た。港の空には雪がちらついた。例のように寛斎は宿の机にむかって、遠く来ている思いを習字にまぎらわそうとしていた。そこへ江戸両国の十一屋から届いたと言って、宿の年とったかみさんが二通の手紙を持って来た。その時、かみさんは年老いた客をいたわり顔に、盆に載せた丼を階下から女中に運ばせた。見ると、寛斎の好きなうどんだ。

「うどんのごちそうですか。や、そいつはありがたい。」

「これはうでまして、それからダシで煮て見ました。お塩で味がつけてございます。これが一番さっぱりしているかと思いますが、一つ召し上がって見てください。」

「うどんとはよい物を造ってくだすった。わたしはお酒の方ですがね、寒い日にはこれがまた何よりですよ。」

「さあ、お口に合いますか、どうですか。手前どもではよくこれをこしらえまして、年寄りに食べさせます。」

牡丹屋ではすべてこの調子だ。

一通の手紙は木曾から江戸を回って来たものだ。馬籠の方にいる伏見屋金兵衛からのめずらしい消息だ。最愛の一人息子、鶴松の死がその中に報じてある。鶴松も弱かった子だ。あの少年のからだは、医者としての寛斎も診てよく知っている。