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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

と来る。そんな見物の掛け声まで、彼の耳の底に聞こえて来た。

「ほんとに、おれはこんなばかな男だ。」

金兵衛はそれを自分で自分に言って、束にして掛けた杉の葉のしるしも酒屋らしい伏見屋の門口を、出たりはいったりした。

三日続いた狂言はかなりの評判をとった。たとい村芝居でも仮借はしなかったほど藩の検閲は厳重で、風俗壊乱、その他の取り締まりにと木曾福島の役所の方から来た見届け奉行なぞも、狂言の成功を祝って引き取って行ったくらいであった。

いたるところの囲炉裏ばたでは、しばらくこの狂言の話で持ち切った。何しろ一年に一度の楽しい祭りのことで、顔だちから仕草から衣裳まで三拍子そろった仙十郎が三番叟の美しかったことや、十二歳で初舞台を踏んだ鶴松が難波治郎作のいたいけであったことなぞは、村の人たちの話の種になって、そろそろ大根引きの近づくころになっても、まだそのうわさは絶えなかった。

旧暦十一月の四日は冬至の翌日である。多事な一年も、どうやら滞りなく定例の恵比須講を過ぎて、村では冬至を祝うまでにこぎつけた。そこへ地震だ。あの家々に簾を掛けて年寄りから子供まで一緒になって遊んだ祭りの日から数えると、わずか四十日ばかりの後に、いつやむとも知れないようなそんな地震が村の人たちを待っていようとは。