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あまくさのはる
天草の春
長谷 健
「九州路抄」日本交通公社、1948(昭和23)年9月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,293 字 · 15 页
困つたな、などと、一人ではしやいでいるが、そのさわざ方があまり大げさなので、乗客も退屈しのぎに聞いている程度で、そう困つたような顔もしていなかつた。乗客の一人が私に耳うちした。あいつ左舷から動かないので、船員にだまされたんですよと。彼女の動かないその場所が、上陸第一のところだそうだ。そこにいて第一ばんに上陸したつて、バスはありませんよ、と、いわれたに違いないと、私のよこの男は判断したもののようであつた。
船は、大浦の岸壁についた。
女のもたらしたニユースなど、誰も本当にしていなかつた。船が岸壁につくやいなや、乗客は目の色を変え、一せいにスタートを切つた選手のようなスピードで、かけ出した。桟橋はために大ゆれにゆれたが、人々は少しも顧慮しないもののようであつた。バスは一台しかなく、三十五六人も乗れば、満員になるというので、それは七里の徒歩を賭けた速さといつてよかつた。二等の客が上甲板から飛下りようとして船員にはばまれていた。船員の船客扱いというものは、えてしてそんなものだ。だから私も二等なんかに乗らなかつたのである。(ついでながらいつておくが、戦前は二つの船会社が競争して、客サービスを競つたものだそうだ。