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あまくさのはる
天草の春
長谷 健
「九州路抄」日本交通公社、1948(昭和23)年9月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,293 字 · 15 页
若しもあの女のわりこみを見逃していたら、私はついに七里徒歩組に編入される危い瀬戸ぎわであつた。
須子の橋がこわれていることだけは、ほんとうであつた。そこまで三十分の徒歩はしかたがなかつた。しかし私にはかえつて幸というものであつた。春の早い天草の海浜を歩くことは、もうけものでさえあつたのだ。
三十六人は、思い思いに須子のあたりに集結していた。あぶれた人たちも、トラツクを交渉してみたり、しかたがない歩くのだと、あきらめたりして、私たちの後から続々やつて来た。
バスが来た。私たちは番号札順にならんで、秩序よく乗つた。もちろん私がさいごで、バスのドアはしまることになつていた。ところが、車掌が一寸油断しているすきに、例の女が、私の後から乗つて来た。車掌は、後ればせながら、切符は、といつて女に求めた。ないのよ、といつて、女はすましている。なければだめですよ。はいれるからいいじやないの。だめですよ。三十六人にきまつているんですよ。一人位いいじやないの、だつてあんなにたくさんの人があぶれているじやありませんか。乗れるからいいじやないの、乗れるのに乗せないという法があるの。