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たじゅうとそのいぬ
太十と其犬
長塚 節
「ホトトギス」1910(明治43)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,769 字 · 32 页
商売柄だけに田舎者には相応に機転の利く女房は自分が水を汲んで頻りに謝罪しながら、片々の足袋を脱がして家へ連れ込んだ。太十がお石に馴染んだのは此夜からであった。そうして二三日帰らなかった。女の切な情というものを太十は盲女に知ったのである。目が見えて態度のはきはきした女は少年の頃から決して太十の相手ではなかった。太十もそれは知って居る。知って居るというより諦めて居た。それより猶お女のつれないということが彼には当然のことなのでそれを格別不足に思うということはなくなって居たのである。女房とすら彼は余所目には打ち解けなかった。朝夕顔を見合わす間柄はそんなに追従いうことの出来ないのは当然である。だが其兄とさえ昵まぬ太十だから、どっちかといえばむっつりとした女房は実際こそっぱい間柄であった。孰れの村落へ行っても人は皆悪戯半分に瞽女を弄ぼうとする。瞽女もそれを知らないのではない。然し彼等は其僅少な金銭の為に節操を穢しつつある。瞽女でも相当の年頃になれば人に誉められたいのが山々で見えぬ目に口紅もさせば白粉も塗る。お石は其時世を越えて散々な目に逢って来たのである。幾度か相逢ううちにお石も太十の情に絆された。