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うしなわれたはんしん

失われた半身

豊島 与志雄

「ユニヴァーシティー No. 2」1949(昭和24)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,545 字 · 21 页

青空文庫

銃声の後に、たしかにその声が聞えた。

あの時、どうしてあの女は、にっこり笑っておれを迎えたのかしら。たしかに上流の婦人だった。おれに御馳走をして酒を飲ましてくれた。おれはその好意に乗じた。その夜、おれは彼女の肉体を犯した。殆んど抵抗らしい抵抗はなく、ただ全然消極的に過ぎなかった。翌朝、おれは部下の兵に拳銃を持たして、女の部室に闖入させた。銃声の後に、いや同時に、わーっと喚き声がした。たしかに声がした。おれは駆け出した。残虐な場合にもいろいろ立ち合ったがあの時だけは、髪が総毛立った。

あの朝、おれはなぜ、あの女の足元にひれ伏して、謝罪しなかったのか。或は、あの女に背中から刺されなかったのか。それだけの勇気がなかったわけではない。ただ、あの女の幸福ということを別な方面から考えただけだ。あの当時、おれは忌わしい病気にかかっていたのだ。おれが考えたあの女の幸福、それはどこへ行ってしまったか。わーっという喚き声で、一瞬にして消し飛んでしまった。

底知れぬ深淵を覗き込む気持ちだ。

深淵は埋めろ、埋めろ。埋めて平らにするがいい。

「何を考えていらっしゃるの。どうなすったの。