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こうじんぶつ

好人物

佐々木 邦

「婦人画報」1925(大正14)年5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 52,609 字 · 107 页

青空文庫

橋口君が唸りたい一方なら、この中老は抹りたい一方で、斯ういう会合には落款まで懐中に忍ばせている。真に用意周到なものだ。酒の飲めない千吉君はそこへ逃げて来て見ていたが、つい前後を忘却して、

「巧いものですなあ!」

と歎声を洩らしたのである。善意に満ちた男だから、芸者が扇を惜しがるのに気がついて、急に斯う声援したのかも知れない。兎に角芸術家は毀誉褒貶に耳敏い。

「村島君ですね。絵がお分りですか?」

と牧野さんは早速鎌首を擡げた。

「いゝえ、一向分りませんが、甚だ結構に拝見致します」

「一つ描いて上げましょうか?」

「何うぞお願い致します」

と千吉君は惜し気もなく白扇を差出した。牧野さんはそれを一気呵成に抹り上げて、

「これは少々不出来でした」

と畳の上に置いた。

「いゝえ、結構です。有難うございました」

「いや、失敗でした。お詫びの為めに今度又何か描いて上げましょう」

「村島君、描いて貰い給え。僕は朱竹を描いて戴いた」

と矢張り見物していた同僚の一人が勧めた。

「さあ、朱竹も好いですが、あれは少し俗なものです。何かもっと村島君のお気に召すようなものを罰として描きましょう」