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こうじんぶつ
好人物
佐々木 邦
「婦人画報」1925(大正14)年5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 52,609 字 · 107 页
「兎に角熱心だね」
「横好きって奴さ。謡曲にもあゝいうのが多くて困るよ。時に君、久しぶりで僕のところへ遊びにやって来ないか?」
と橋口君は牧野さんに傚って早速直接行動を取ることに決定した。
千吉君は或日曜日に橋口君を訪れた。汝を呼び出す余の儀でない。橋口君は謡曲を数番聞かせたばかりでなく、教えてやるから始めるようにと諭した。無論千吉君はキッパリ断らなかったが、同輩から予め警戒されていたから、
「僕は天性喉が悪いから迚も見込がない」
と生理的故障を持ち出した。
「君、それは素人考えだよ。謡曲は喉で歌うんじゃない。腹で歌う」
と橋口君は蒙を啓いてくれた。蝉の積りでいる。
「まあ、もう一番聞かせ給え」
と千吉君はアンコールを申入れて相手の感情を融和した。細君以外に聴衆のない橋口君はそれでも結構満足だった。随って千吉君は時々会社の帰りを拉し去られたが、案外長く地歩を保っていた。しかし橋口君はその中に先ず馬を射よと覚ったのか、同じ手を内藤君に用いた。内藤君は酒の為めなら何んな工面でもする代りに、酒の上なら何んな相談にでも応じる。
「やろう。今日唯今この席で始めよう」