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まごしちとずんど
孫七とずんど
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1943(昭和18)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,189 字 · 30 页
一
一
烈風と豪雨の夜だった。遠江のくに浜松城の曲輪うちに建ちならぶ将士の家屋敷は、すさまじい雨と風に捲き叩かれていまにも揉み潰されるかと思われた。なかでも榊原小平太康政の屋敷は大手門をはいったすぐ東がわにあり、ことに風当りがひどかったとみえてさんざんなありさまだった、三棟ある侍長屋のうちまず二棟が倒された、康政の住居も廂をめくられ蔀を剥がれた、塀などはその跡もとどめないくらい吹きとんでしまった。家来たちは頭からずぶ濡れになり、闇をひき裂くような風に叩かれながら、罵り喚きつつ右往左往していた。……すると夜半すぎた頃になって「端のお長屋があぶないぞ」という叫びごえが聞えた。みんなが駈けつけてみると、なるほど風の煽りで板屋根が波をうちだしているし、長屋ぜんたいがみちみちと悲鳴をあげながら揺れたっている、「早く誰か綱を持って来い」「いやうしろからつっかい棒をしろ」口ぐちに叫びたてていると、長屋の端にある家の戸がぎちぎちと軋みながら内がわから明いた、そして中からぬっとひとりの侍が出て来た。
「や、や、なんだ」みんなびっくりしてとび退いた、あんまり思いがけなかったので、胆を潰したのである。