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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

水無瀬は何となく生きて行くことにくさくさして来た。さほど醜くもなく、これだけ物事ができる自分が、せめて、どうして男の縁が薄いのだろうか。女が男に対する魅力とは、全然こういう資格や能力とは関係ないのか。それにつけても久振りに伯母の福慈の女神のことが思い較べられて来るのであった。

往来の道が拓けるにつれ、東国の西の方よりこの東国の北部の方へ入り込んで来る旅人が多くなった。女はその人々の口からして伯母の女神のその後の消息を少しずつ詳しく聴くことができた。

「福慈の女神はだんだん若くなるようである」と旅人たちはいった。七つ八つの童女の容貌を持ち、ただその儘で身体は大きい。怒るときは、山腹にかみなり稲妻を起し満山は暗くなった。笑うときは峯の雪を日に輝して東海一帯の天地を朗なものにした。悲しむときは、鳴沢に小石が滑り落ちる音が止めどもなくしくしくと聞えて来る。

平野に雲の海があるとき、霞棚引けるとき、それ等を敷莚にして、幽婉な寝姿が影となって望まれる。それは息もないようなしずかな寝姿であり、見る目憚らぬこどものように仰き踏みはだかった無邪気な寝姿でもある。

しかも、女神の慧さと敏感さは年経る毎に加わるらしく、天象歳時の変異を逸早く丘麓の住民たちに予知さすことに長けて来た。