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さむはし

寒橋

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,416 字 · 36 页

青空文庫

「お孝、どうした、どうしたんだ」

こう呼ばれて我にかえると、自分が良人に抱き起こされていた。お孝は頭を振り、笑おうとした。なんでもないのよ、こう云おうとして、抱いている良人の手のぬくみを肩に感じたとき、蛇にでも触ったように、総身を震わせ、叫び声をあげて良人の手をすりぬけた。

「――お孝、いったいどうしたんだ」

「あっちへ、……あっちへいって、……なんでもないの、あたしだいじょぶよ、……あっちへいって」

全身の震えで揚板ががたがたと鳴った。時三は暗がりのなかでじっとこちらを見つめていたが、やがて黙ってお勝手を出ていった。

それからお孝の苦しみが始まった。その苦しさは肉躰的なもので、まず嘔きけが起こり、ついで胸を搾木にかけられるか、ひき裂かれでもするような気持になる。眼の前が急にまっ暗になり、息ができなくなり、そのまま気が狂ってしまいそうな感じにおそわれる。

「――ああ、……ひどい、……あんまりひどい」

肩で喘ぎながら呟いて、身もだえをして、誰にも見られないところへいって泣く。

「――なによ、このくらい、ざらにあるこっちゃないの、平気じゃないの」

泣きながらこんなことも云ってみる、しかしそう云いながらまた身をもだえ、転げまわって、絶叫したいような衝動に駆られるのであった。