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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

\浮かんで来るのは、本院の館の、とある渡殿の勾欄のもとにうずくまって、所在なさそうに前栽のけしきを眺めている自分の童姿であった。

彼はその渡殿の向うにある寝殿に、母が住んでいることを知っており、自分はその母に会うためにそこで待たされていたのであったが、いつも、やゝ久しく待っていると讃岐が出て来て、此方へ入らっしゃいと云う合図をした。母はめったに端近いあたりへ姿を現わすことはなく、母屋の奥の方の一と間に垂れ籠めていて、彼が行くと必ず膝の上に載せて頭を撫で、頬ずりをしてくれるので、

「お母さま」

と云うと、

「和子」

と云って、ぎゅっと抱きしめてくれるのであった。だが、それだけで、一と言二た言やさしい言葉はかけてくれたけれども、しみ/″\とした話などを聞かしてくれることがなかったのは、まだ何を話しても理解の行かない年頃だったからであろうか。彼はたまにしか会えない母の顔を、そう云う折にしっかり見覚えて置きたかったので、抱かれながら仰向いて見たが、残念なことには部屋が暗いのと、額から垂れたゆたかな髪が輪郭を覆い隠しているので、厨子の中にある御佛を拝むようで、心ゆくまで見きわめたことはなかった。