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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页
彼はその大人が平中であったことを後に至って知ったのであるが、でもその時も全然見覚えのない人ではなく、前からたび/\見かけたことのある顔であった。
「まだなんですね」
と、男は滋幹が不安そうにもじ/\している様子を見て、大凡そ察したらしく云った。それから、あたりに気をかねながら、中腰をかゞめて、耳の端へ口を寄せて、
「和子は賢いお子ですね、ほんとうに賢い/\」
と、そう云ってから、
「お母さまにお会いになるのでしたら、憚りながら、私がお願いしたいことがあるんですよ。………ねえ、和子、聴いて下さいますでしょうね」
「どんなこと?」
と、滋幹が云うと、
「あの、ちょっと、………」
と、背中の方へ手を廻して、女童たちのいる所から二三間離れた方へ連れて行って、
「お母さまに歌を差上げたいんですが、届けて下さいますか知ら」
滋幹は、自分が母に会うことは内證なのであるから、決して人にしゃべってはいけないと、讃岐や乳人に云いつけられていたので、返事に窮してためらっていると、男はしきりに、そう云う心配には及ばないこと、自分は和子の母上をよく知っているので、和子が取次をしてくれたら母上もきっと喜ばれるであろうことを、さま/″\に言葉をかえて繰り返して云い、和子はそう云っても聞き分けのよい賢いお子であると、二た言目にはそれを云い添えた。