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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

………ようございますね、お分りになりましたね」

滋幹は点頭したゞけであったが、

「お母さまにだけお見せになるんですよ、ほかの人には何卒お見せにならないで」

と、男は重ねて念を押した。

それから多分滋幹は、いつものように渡殿で讃岐が合図してくれるのを待ってから、母に会いに行ったのであろう。そこのところは記憶がうすれているのであるが、几帳のかげに這入って行って、膝の上に抱かれた時、

「お母さま」

と云って、袂をまくって見せたのであった。母は一と眼で直ぐに事情を悟ったらしかったが、部屋が暗いので、几帳を押し除けて、外の明りを入れた。そして我が子を膝からおろして、明るい方へ腕を向けさせて、何度も/\繰り返して読んだ。滋幹は、誰がこれを書いたかとも、誰に頼まれたのかとも、母が一切そう云うことを尋ねないで、何も彼も分っているらしいのが不思議であったが、ふと、眼の前をきらりと落ちたものがあるので、訝しみながら振り仰ぐと、母が涙を一杯ためてあらぬ方角を視詰めていた。母の容貌を心から美しいと思ったのは、その一瞬のことであったが、それはちょうどその時に、春の日ざしの照り返しが、まともに母の顔の上にたゞよっていて、いつも奥深い暗いところでばかり見ていた輪郭が、くっきり浮き出していたせいであった。