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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

父がうしろを振り返ったら見付けられたかも知れなかったが、父の様子は、歩きつゝなお冥想に沈んでいるような工合で、いつの間にか館の門を出て、何かはっきり目指すところがあるらしく、すうっと歩いて行くのであった。

八十歳の老翁と七八歳の幼童の足であるから、そう遠くまで行ったのではないであろうが、それでも相当の道のりを来たように滋幹は感じた。彼は父からはずっとおくれて見え隠れに跡をつけたが、深夜の路上には親子の外に全く人影が絶えていたし、父の姿が遥かに白く月光を反射していたので、見失う恐れはなかった。路は、初めはいかめしい築地の邸がつゞいていたのが、だん/\みすぼらしい網代の塀や、屋根に石ころを置いた佗びしい低い板葺の家などになったが、それも次第に疎らに、ところ/″\に水たまりだの空地だのが多くなり、芒やその他の秋草が丈高く伸びていたりした。そしてそれらの叢にすだく虫の音が、二人が近づくとふっと止み、遠のくと又鳴き出しながら、町はずれへ行けば行くほど雨のようにしげく喧しくなって行った。そのうちに、家が一軒もなくなって、見渡す限りぼう/\と草の生えた中に、細い野道がひとすじうねっている所へ出た。