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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

―――ねえ、君、お願いだ、それよりほんの束の間でもよい、一と目でも、いや、物越しにでも、お逢い申してお声を聞かして戴きたいのだ。そう思い立ったら怺えきれなくなって、此の雨の中を飛んで来た私を、少しは憐れんで下さらないだろうか」

「でもまだお側の人たちが起きていらっしゃるので、今は工合が悪いんですけど、………」

「待つよ、いくらでも。お側の人が寝てしまうまで。―――今夜はお逢い出来るまで此処を動かないつもりなんだ」

平中は一生懸命にそう云って、

「ねえ、君、お願いだ、ねえ」

と、だゝっ児のように繰り返しつゝ手を取って放さないので、女童は半ばゝ呆れ、半ばゝ怯えたような眼つきで、気ちがいじみた男の顔をしげ/\と視つめていたが、

「では、ほんとうにお待ちになるの?」

と、しょうことなしに云った。

「お待ちになるなら、お側に人がいなくなってから、申上げてだけは見ますけれど」

「有難う、是非頼むよ」

「でもまだなか/\ですのよ」

「そんなことは覚悟の上だよ」

「ほんとうにお取次をするだけよ。あとのことはお請け合い出来ませんわ」

それなら彼処の遣戸の前で、なるべく人目に付かないようにして待っていらっしゃい、と、そう云って女童が引込んでしまってから、平中は凡そどのくらいの間立ちつゞけていたことか。