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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

「いゝえ、そんなお心づかいはなさらないで、―――」

老人がその胸中を率直に打ち明けて、あなたに済まないと思っている、と云う風に詫び言めかして云うと、北の方はしずかに頭を振って、却って夫を気の毒がるのが常であった。お年を召せばそれが当り前なのであるから、何も気になさることはない、その当り前の生理に背いて無理なことをなさるのこそ、お体のために宜しくない、そんなことより、殿が摂生をお守りなされて一年でも多く長寿を保って下さる方が私もうれしい、と、北の方はそう云う意味に取れることを云う。

「そう云って下さるのは忝いが」

老人は、そんな工合に北の方から優しい言葉で慰められると、一層北の方の心根がいとおしくなるのであった。そして、又しても眼をつぶってしまった北の方の顔を見守りながら思うことは、いったい此の人は心の奥でどんなことを考えているのだろうか、と云うことであった。それと云うのも、此の人がこんなにもすぐれた器量を持ちながら、五十以上も歳の違う夫に添わされた我が身の悲運を、それほどにも自覚していないように見えるのが不思議で、何か自分が世間知らずの妻を欺しているような気がするばかりでなく、妻の犠牲の上に自分の幸福が築かれていると云う意識があるからなのであるが、内心にそう云う訝しみを蔵しつゝ眺めると、ひとしお此の顔が神秘に