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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

が、時平の弟の兼平は琵琶の上手で、琵琶宮内卿と云われた人であったこと、忰の敦忠も管絃の名手で、博雅三位に劣らない人であったこと、などを思い合わせると、或は時平にも多少その方面の天分があったかも知れず、満更これらの婦人たちの贔屓目ではなかったでもあろうか。―――

北の方がなお気を付けて見ていると、左大臣はさっきから時々ちら/\と御簾の方へ流眄を使う。それも最初は遠慮がちな眼つきで、こっそり偸むように視線を投げ、すぐ又しらを切っていたが、酔いがすゝむに従ってその眼づかいが大胆になり、いかにも様子ありげな、色気たっぷりな表情をたゝえて見るのであった。

我が門を

とさんかうさん練る男

よしこさるらしや

よしこさるらしや

これは催馬楽の「我門乎」の文句であるが、左大臣はこれを謡いながら、「よしこさるらしや」の繰り返しのところへ来ると、一段と声に力をこめて唱えた。そして訴えるような眼ざしを、臆するところなく真っ直ぐ御簾の裡へ注いだ。北の方は、自分が左大臣を隙見していることを、左大臣が知っているかどうか半ば疑問にしていたのであったが、今は疑う餘地もないと思うと、自分の顔が俄かに赧くなるのを感じた。