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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

彼は改めてそれを手に取り、上げて見たり、下げて見たり、廻して見たり、中の重みを測って見たりしていたが、やがて恐る/\蓋を除けると、丁子の香に似た馥郁たる匂が鼻を撲った。不思議に思って中を覗くと、香の色をした液体が半分ばかり澱んでいる底の方に、親指ぐらいの太さの二三寸の長さの黒っぽい黄色い固形物が、三きれほど圓くかたまっていた。が、何しろそう云うものらしくない世にもかぐわしい匂がするので、試みに木の端きれに突き刺して、鼻の先に持って来て見ると、あの黒方と云う薫物、―――沈と、丁子と、甲香と、白檀と、麝香とを煉り合わせて作った香の匂にそっくりなのであった。

「中を突き刺して鼻にあてゝ嗅げば、えも云はず馥しき黒方の香にてあり、すべて心も及ばず、これは世の人にあらぬなりけりと思ひて、これを見るにつけても、いかで此の人に馴れ睦びんと思ふ心狂ふやうにつきぬ」とは今昔の描写であるが、要するに、たゞの人間に過ぎないと云う證拠を見てあきらめようとしてかゝったのが、却って反対の結果を生み、なか/\愛憎を盡かすどころではなかったのであった。でも平中は、あまり不思議でたまらないので、その筥を引き寄せて、中にある液体を少し啜って見た。