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あきかぜとはは

尾崎士郎短篇集

尾崎 士郎

尾崎士郎『尾崎士郎短篇集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:秋風と母、運命について、河鹿、菎蒻、三等郵便局、十三夜、鶺鴒の巣、滝について、叛骨・中野正剛、蜜柑の皮。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 108,032 字 · 216 页

青空文庫

何故なら、その財布の中に決して十円以上の金が入っていたことはないのだから。

しかし、ある夜であった。わたしは到頭、見るべからざるものを見てしまった。その夜家の中は妙にしいんとしていた。十時過ぎであったが、わたしは台所につづいた仏間で火鉢によりかかりながら、新しいわたしの着物に火熨斗をかけていた母に新聞の続き物を読んで聞かせてやっていた。そのときである。急に父の居間の方から調子はずれの疳高い兄の声が長い廊下に幾つもの反響を残して聞えてきたのだ。

わたしは新聞を膝の上に置いて、しばらく耳を澄した。もやもやとしたものが急に家全体を包んでしまったような無気味な妄想がわたしの心を捉えた。わたしは衝動的に立ちあがり、暗い廊下を足音を忍び忍び父の居間に近づいていった。父の居間は突きあたりの障子が半分ほどあいたままになっていたので、わたしは薄闇の中から室の中の様子を見届けることができた。胡坐をかいたまま首を屈めている父の姿は細長い鉄火鉢のかげになって、半白の髪によって掩われた尖った頭だけが前後に動いていた。彼の前に坐っているであろう兄の姿は障子のためにさえぎられて見えなかったが、しかし、少し顫えを帯びた疳高い声からわたしは、肩を怒らした彼の姿と昂奮のために蒼褪めた彼の頬のぴくぴく動くのをありありと感じた。