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やまへかえりゆくちち

山へ帰りゆく父

小川 未明

「中央公論」1923(大正12)年12月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 7,875 字 · 16 页

青空文庫

息子は、自分の生まれた、古い家の中へはいりました。すると、いろいろの思い出が、そのままよみがえってくるのでした。壁板に書いた、子供の時分の楽器が、なおうすく残っています。よく鳥かごをかけた、戸口の柱の小刀の削り痕もそのままであります。雨の降る日には、土間で独楽をまわした。そして、よく、かち当てた敷石もちゃんとしていました。なにもかも、昔のままであったのであります。

息子は、ぼんやりとした気持ちで、二、三日は過ごしてしまいました。

「お父さんは、都へおいでになりませんか。」と、息子は、いいました。

「いや、どうして、この長く住み慣れた家を、捨ててゆけよう。」と、父親は、頭を振りました。

「おまえこそ、ここへ帰ってきて、いっしょに暮らしたがいい。」と、父親は、息子に向かっていいました。

息子は、都に残してきた、仕事のことを思い出しました。そして、どうしても都に帰らなければなりませんでした。

二人は、たがいに別れて暮らさなければならないのを悲しく思いました。

「これは、おまえが子供の時分に、裏の庭さきで拾って大事にしていた石だ。」と、父親はいって、床の間の台の上に乗せてあった黒い石を取りあげて、息子に見せました。