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やまへかえりゆくちち

山へ帰りゆく父

小川 未明

「中央公論」1923(大正12)年12月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 7,875 字 · 16 页

青空文庫

「私は、おまえが子供の時分に、持っていたおもちゃは、みんな粗末にしないでしまっておく。そして、ときどき出してみては、おまえのことを思い暮らすのだ。」と、父親はいいました。

これを聞くと、息子は、どんなに父親の情けをありがたく感じたかしれません。そして、その黒い石を、手に取ってつくづくとながめますと、やはり、自分にも子供の時分のことが思い出されたのであります。

ほとんど、幾十年の間、その石は、故郷のうす暗い、家の床の間に、ほこりを浴びて置かれていました。

「お父さん、私は、この石を持っていってもようございますか?」と、息子は、父親にたずねました。

「ああ、いいとも、おまえの持ってゆくぶんにはさしつかえない。なんでもほしいものがあったら持ってゆくといい。」と、父親は答えました。

長い、長い間、こうして、じっとしていた石が、ここから、どこかへ、まったく知らぬところへ持ってゆかれることになりました。それは思いもよらないことで、変化というものがどんなものの上にもくることを、思わせたのであります。

石は、息子のかばんの中へ、紙に包まれてはいりました。

彼は、また外に出て、子供の時分、よく遊んだ草原へやってきました。