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いけぶくろのみせ
山之口貘詩文集
山之口 貘
山之口貘『山之口貘詩文集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:池袋の店、沖縄帰郷始末記、おきなわやまとぐち、声をあげて泣く、詩とはなにか、装幀の悩み、つまり詩は亡びる、夏向きの一夜、野宿、暴風への郷愁、私の青年時代、ダルマ船日記、チャンプルー。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,477 字 · 93 页
していた。宇田川町の喫茶店は、暖房屋のころから懇意にしていたので、そこに泊り込むわけにはいかなかったが、朝の十時にはもうその店の一隅のボックスにぼくは腰かけていて、夜の十一時十二時まで、殆ど毎日ねばりつづけて暮した。食事は一日に一回、食う日もあればまるで食えない日もあった。当時その近所にあった改造社のある知人は、ぼくが訪ねて行くと、かれの間借りしている家にぼくを案内して、「貘さん、いっぱい炊いてあるから食い溜めしておきなさい」と釜ごとぼくの前に置いたこともあったが、空腹には馴れている筈のぼくでも、馴れていることで空腹を克服することは不可能なのであった。
ぼくは朝の十時頃になるとどこからともなく其の喫茶店に来て、入口に近い窓際のボックスで原稿紙を前にしていることが常で、十銭の珈琲一杯でかんばんまでねばり、表へ出ても帰る家のないぼくは足の向くままに歩きながら行先を考えるのであった。こんな状態を繰り返していたある日のこと、暫らくの間その顔を見せなかった常連の一人が、日焼した顔で店にはいって来たのである。彼は出張で沖縄まで行って来たのだと大きな声で店の女主人とその娘を相手に言った。