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がけしたのいけ

崖下の池

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,109 字 · 25 页

青空文庫

この芹が恒吉の自慢で、池の水の落ち口あたりに自生してるのでした。真作は鍋の芹をつまみながら言いました。

「まったく、結構ですな。」

恒吉は猪口をあげました。

「東京では、牛鍋といえば必ず葱だが、葱よりも芹の方がうまい。もっとも、この節のように砂糖がなくては、芹はだめだがね。丁度よかったよ。辰子が砂糖を少し残しておいてくれたし、池には芹が残っていた。女も池も、どちらもまあ、物の始末がいいよ。」

それから彼は、池に家鴨を四五羽飼おうかと思ってることを打ち明けました。それは、彼よりも寧ろ孫の信生の望みでありました。――恒吉はもう五十歳を越していました。一人息子の信彦は北京に行っていて、家族には、信彦の妻の政子と子供の信生、婚家先から戻って寄食してる姪の辰子、それだけでした。東京が空襲に曝されるようになると、浦和の近くに住家を一つ求めて、そちらへ疎開し、辰子が東京の家を守り、恒吉は両方を往き来しました。東京の家が焼けると、皆揃って浦和近くの方へ住みましたが、焼け跡に家が建ってから、まず恒吉と辰子だけ戻って来たのでした。家が狭いので、全員そろって住むわけにはゆきませんでした。