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がけしたのいけ
崖下の池
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,109 字 · 25 页
」と彼は溜息のように言いました。
「池浚いとは、また、どうしてだね。」
「いえ、ただ浚ってごらんなすったらどうでしょう。ずいぶん古い池ですからな。」
「そりゃあ古いよ。然し、あの通り、湧き水はしてるし、水蓮の花は咲くし、浚えることなんかないだろう。この辺が焼けた時、少しは物も投げ込まれたようだが、それもすっかり引き上げられたらしい。鯉や鮒まで、獲りつくされたんだからね。よってたかって浚えてくれたよ。きれいな、さっぱりしたものさ。」
実際、池は罹災前よりも綺麗になったようでした。藻がたくさん生えていましたが、ふしぎにそれさえ無くなりかけていました。恒吉は習慣的に早起きで、起き上るとすぐ庭に出て、池を見るのが楽しみでした。早朝の池の面は、水面に更に露がおりたような新鮮さを持っていました。彼に言わせますと、池の水には死んだのと生きたのとがあり、死んだ水の面には夜露はおりないが、生きた水の面には夜露がおりるのでした。その夜露のおりた水で顔を洗ったら、さぞ爽快だったでありましょう。だがそれだけは、この池では、恒吉もしませんでした。下水が流れ入るわけではありませんけれども、都会のなかの池の水には、やはり、都会の埃がしみこんでいました。