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かげのないはんにん

影のない犯人

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第七巻第一二号」1953(昭和28)年9月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,032 字 · 23 页

青空文庫

古い紺ガスリのサツマ上布が幸いにもまだ手もとにあるから、それに花色木綿の裏をつけて――落語では笑われるかも知れないが、このゴツゴツした服装こそは、雇われマスターとして大通の装束ではないか、なぞとホレボレと考えこむのであった。静々と板の間に手をつき額をすりつけて、

「いらせられまし」と最後の音を舌でまるめて飲みこむように発音する。

狂六が云ったではないか。七十にして益々若返り、十七八のチゴサンのようなミズミズしい色気が溢れている、と。自分でも近来とみにそのミズミズしさが自覚され、なんとなく変テコな気がしていたが、さては人々の目にまで十七八のチゴサンのミズミズしさが判ったのであるか。まさに神蔭流の奇蹟であろう。敗戦とともに、それまで一日たりとも休んだことのない竹刀を振りまわすのをやめたために、精気が陰にこもって内から発するに至ったのかも知れない。七十にして十七八のチゴサンへの若返り。ああ、奇蹟なるかな、奇蹟なるかな。

「剣できたえたこの身体はヒロポンなぞうたなくッてもミズミズしく若返るのだ。女学生に惚れられるのも悪くはないな。その体力には自信があるなア」