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みっつのあざ
怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集
小酒井 不木
小酒井不木『怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:三つの痣、暴風雨の夜、秘密の相似、卑怯な毒殺、鼻に基く殺人、初往診、呪われの家、猫と村正、肉腫、謎の咬傷、血の盃、人工心臓、新案探偵法、死の接吻、好色破邪顕正、血友病、狂女と犬、犬神、遺伝、按摩、ある自殺者の手記。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 196,140 字 · 396 页
彼が注射を終って針をしまおうとしたとき、ふと傍の注射液の入って居た箱を眺めてはッと思った。彼の注射したのはカンフルではなくてモルヒネであったからである。
彼は穴があったら入りたいような気がした。それからは家人の言も耳に入らなかった。再び患者を眺める勇気さえなかった。挨拶もそこそこに、その家を出ると車の上に崩れるように身を投げた。
風のない、いやに蒸暑い午後であった。道の両側に茂った稲の葉には砂埃が白くたまって、彼処此処から、雨を呼ぶ蛙の声が聞えた。彼は額ににじむ汗を拭おうともせず、いまにどんな恐しいカタストロフィーが来るかと思って、胸の鼓動は益々激しくなった。
十町あまりの道であったが、何処をどうして通って来たか、彼は少しも記憶して居なかった。モルヒネ……昏死! という考が、後から後から湧いて来て、薬物学の書を開いて見たいと思い乍ら何だか恐しいような気がして、どうしても書架に近づくことが出来なかった。
女中が、突然、ドアを開けた。
「旦那様お身体をお拭きになりませぬか」
先刻、玄関に出迎えた女中が、「水を汲みましょうか」といったのに「ああ」と機械的に答えた彼は、すっかりそのことを忘れて居たのである。