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みっつのあざ

怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集

小酒井 不木

小酒井不木『怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:三つの痣、暴風雨の夜、秘密の相似、卑怯な毒殺、鼻に基く殺人、初往診、呪われの家、猫と村正、肉腫、謎の咬傷、血の盃、人工心臓、新案探偵法、死の接吻、好色破邪顕正、血友病、狂女と犬、犬神、遺伝、按摩、ある自殺者の手記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 196,140 字 · 396 页

青空文庫

初往診

先刻から彼は仕事が手につかなかった。一時間ばかり前に、往診から戻って来た彼は、人力車を降りるなり、逃げ込むように、玄関の隣りにある診察室へ入ると、その儘室内をあちこち歩いて深い物思いに沈むのであった。

彼の胸はいま、立っても居ても居られないような遣瀬ない気持で一ぱいであった。いつもは彼を慰さめてくれる庭先の花までが、彼を嘲って居るかのように思われた。眼に見ゆるもの、耳に聞くものが彼を苛立たせた。生憎、細君が留守であったので、憂を別つべき相手はなく、時々門の方をおずおず眺めては、今にも誰かが、息せき切って馳せ込んで来はしないかと心配するのであった。

どうしてあんな失敗をしたのだろう? 開業してから初めての往診! そのうれしさが、自分を有頂天にならしめたのであろうか? 彼は迎えの人力車に乗って、家を出懸けて行ったときの晴やかな感じを呪わしく思った。

患者は五歳になる男の児であった。彼が先方の家へついたときは、その児は痙攣を起して意識を失い、その唇も青ざめて居た。とりあえず湯を沸して貰って、その中に入れ、兎に角一時意識を恢復せしめることが出来たが、なお念のため、彼はカンフル注射を試みたのであった。