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うらみなきさつじん
恨なき殺人
宮島 資夫
「新日本」1917(大正6)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,611 字 · 56 页
と、松田は其時はじめて口を利いた。
「あるとも」と萩野は、よく知り切ったように答えたが、松田はそれきり黙ってしまった。
峠の下の茶屋の前を通る時、池田は障子のかげの暗いところに、孫根の巡査だと言った男の姿をチラと見掛けた。けれども彼は、わざと知らない振りをして行き過ぎてしまった。そして仙太の茶屋の前に来た時、
「此処で何か食って行かないか」と言って先きに入った。
彼等はまた其処で酒を飲んだ。崖下の川でとれたという鮎と玉子があったのを、せめての肴に松田にすすめたが、彼はもう其処では余り食いもしなかった。
「監獄へ行きゃ不自由だらけだ、食えるだけ食ったら好いじゃないか」と萩野がすすめると、
「山にいたって、監獄へ行ったって、大した違いはありゃしない」と松田は、憎らしいほど落着いていた。
「その気ならまあ好いや、長屋で金を集めて弁護士を頼むから、あんまりがっかりしねえようにな」と萩野が言った後について、
「僕等も出来る丈けのことはするよ、それから何処か知らせてやるところはないのか」と池田が訊ねると、
「親分だけだけど、奉加帳で何処を歩いてるか解らないんです」と云ったが、松田の眼には涙がうるんでいた。