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あくりょう
悪霊
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1933(昭和8)年11月~1934(昭和9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,980 字 · 67 页
のだ。それからもう一つの点は、(この方が一層奇怪であって、姉崎夫人殺害事件中での最も著しい事実なのだが)夫人の死体には先に記した致命傷の外に、全身に亙って六ヶ所に、小さい斬り傷があったことだ。鑑定書の口調をまねて詳しく云うと、右三角筋部、左前上膊部、左右臀部、右前大腿部、左後膝部の六ヶ所に、長さ三センチから一センチ位までの、剃刀様の兇器によるものと覚しき軽微な斬り傷があって、そこから六本の血の河が全身に異様な縞を描いていたのだ。誰も皆これらの傷が余り小さ過ぎることを不審に思った。殺人者が六度斬りつけて六度失敗し、七度目にやっと目的を達したと考える為には、傷が不自然に小さ過ぎた。いくらしくじったからと云って、六度が六度ともこんなかすり傷の様なものしかつけ得なかったとは想像出来ない事だ。又斬り傷の箇所が前後左右に飛び離れているのも不自然であって、被害者が逃げ廻ったり抵抗した為だと解釈するにしても、何となく首肯し難い所がある。しかも不思議はそればかりではなかった。これらの傷口から、流れ出している血潮の河の方向が、傷口の小さ過ぎる事などよりは更らに一層奇怪な感じを与えるのだ。