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おろかないちにち

愚かな一日

豊島 与志雄

「太陽」1920(大正9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,045 字 · 29 页

青空文庫

」

「ではお医者に尋ねてみましょうかしら。」

「そうですね。然しそれにも及ばないでしょう。この頃だいぶお宜ろしいようではありませんか。」

「ええ、いくらか宜ろしいようにも思われますのよ、熱もずっと下っていますし、痰も殆んど出ませんから。」

「屹度よくなりますよ。河野君は頭がしっかりしていますし、少しの病気位は頭の力で治るものです。」

「ですけれど、この頃何だか苛ら苛らしてる様子が見えますので、それが私心配で……。そして追々寒くもなりますから。」

会話はそれきり再び馬のことには戻ってゆかなかった。然し彼はしきりにそれが気になり出した。全く思いも寄らぬ馬というものが、突然其処に現われてきて、自分の病気に重大な関係があるらしい暗示を残したまま、遠くへ去ってしまったのである。彼はそのことをあれこれと推測しながら、一方では妻と瀬川との会話に耳を傾けていた。然し会話は途切れ勝ちに種々のことに飛んでいって、いつまでたっても馬の上に戻って来なかった。彼はそのままじっとしているのが苦しくなった。然し今急に眼が覚めたような風を装うのも、何となく憚られた。

隣室の会話はなお続いていった。