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つきもの
憑きもの
豊島 与志雄
「改造文芸」1949(昭和24)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,983 字 · 27 页
速記がすんでから、なお酒を飲みながら、雑談はしぜんに怪奇な方面に向っていった。ばかばかしい話や不思議な話がたくさん出た。
「どうにも合点のゆかないことがあるものです。」と私の同僚の黒田が話した。
彼は或る夜、したたか酒を飲んで、中央線の終電車で帰途についた。もうバスがなくなっていたので、駅から三キロばかりの道を歩いた。中程に交番があって、そこまでは無事に行けたが、それから先が、いくら歩いても果しなくなった。一本道ではないが、時折歩くこともあるので、迷うわけはないのに、いくら歩いても家に着かない。酒の酔いもさめかけてきて、ただやたらに歩いた。それでも、だんだん家に遠ざかるような気持ちさえして、無限の遠いところに家はあるようだ。道に迷ったのではなく、空間に迷ったという感じだ。それでもなお歩いていると、もしもし、と呼び止められた。巡査が立っていて、どこに行くのかと尋ねられた。気がついてみると、先程たしかに通りすぎた交番の前だ。あなたはここを三度も通った、いったいどこへ行くのか。巡査は不審そうに訊問する。黒田は頭がはっきりしてきて、自分ながら呆れた。どうやら、ただ大きく迂回していて、交番の前を三度も通って気付かなかったものらしい。