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わがやのらくえん
我が家の楽園
久生 十蘭
「オール読物」1953(昭和28)年1月〜6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 90,195 字 · 175 页
「ハイヤーは、どこへ来るっていうの?」
「恵比須の通りの、薬屋の角……なにをぐずぐずいってるのよッ。起きなさいったら、起きなさい」
笑わしてはいけない。恵比須からなら、高級車ですッ飛ばせば、七、八分で市兵衛町へ行く。ところで、わが家のバラックから恵比須の通りへ出るまでには、いま言ったように、歩いて十五分はかかる。車で走るより、車のあるところへ行くのに時間がかかるのでは、なんのためのハイヤーなのか訳がわからない。
ようすが変なので、玄関の三畳をのぞいてみると、賢夫人が第一装のアフタヌンをすんなりと着こんでいる。千々子さまのほうは半礼装で、戦中、ぽっくりいった愛人と見合いをするとき、たった一度だけした桃色真珠の首飾りをつけ、バラック社会とは縁もゆかりもない、別世界のひとのような顔ですましているのにはおどろいた。
五十雄君は、明日になったら意見が変わるだろうと予言したが、市兵衛町へむかしの家を見に行くというだけのことで、七年の間、親昵をかさねてきた庶民生活を、こうも、あっさりと裏切るようでは、この先の変節ぶりが、いまから思いやられるようであった、
そこへ石田氏が洗いざらしの古浴衣を、寝癖のついた猪首に着、冴えない顔で起きてきたが、二人の突然異変をながめるなり、よほど印象が悪かったとみえて、ツイ眼を外らしてしまっ