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あるおんな
或る女
有島 武郎
1(前編)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,981 字 · 295 页
鉄の手欄にすがって振り向くと、古藤が続いて出て来たのを知った。その顔には心配そうな驚きの色が明らさまに現われていた。
「ひどく痛むんですか」
「ええかなりひどく」
と答えたがめんどうだと思って、
「いいからはいっていてください。おおげさに見えるといやですから……大丈夫あぶなかありませんとも……」
といい足した。古藤はしいてとめようとはしなかった。そして、
「それじゃはいっているがほんとうにあぶのうござんすよ……用があったら呼んでくださいよ」
とだけいって素直にはいって行った。
「Simpleton!」
葉子は心の中でこうつぶやくと、焼き捨てたように古藤の事なんぞは忘れてしまって、手欄に臂をついたまま放心して、晩夏の景色をつつむ引き締まった空気に顔をなぶらした。木部の事も思わない。緑や藍や黄色のほか、これといって輪郭のはっきりした自然の姿も目に映らない。ただ涼しい風がそよそよと鬢の毛をそよがして通るのを快いと思っていた。汽車は目まぐるしいほどの快速力で走っていた。葉子の心はただ渾沌と暗く固まった物のまわりを飽きる事もなく幾度も幾度も左から右に、右から左に回っていた。