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せんごぶんしょうろん

戦後文章論

坂口 安吾

「新潮 第四八巻第一〇号」1951(昭和26)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,728 字 · 16 页

青空文庫

私は戦争裁判の証人に戦犯事務局へよばれた友につきそって行ったことがあった。むろん英語の分らん拙者だから、通訳に行ったわけではない。一人ではいささか心細いからたのむ、というから、心得た、と、漫画の長老と同じことさ。私も頼まれれば禁酒会会長でも税務署の徴税部長でも何でもやるさ。しかし友は私以上に英語の心得がないらしく、よって、はからずも実に苦心サンタン、テンテコマイをさせられたね。某将軍は占領地の住民に対して寛大であった、寛大であろうと心がけた、その寛大というのが、どうしても先方に通じないね。ようやく通じて、先方は私の言葉を云い直してくれましたよ。ソフトと云いましたね。そのときはアメリカもアッパレだと思いました。耳もうたれたし、目もうたれましたよ。目をうたれたと云うのはシミジミ相手のお顔を見直したというような心境さ。カラリとした晴天を二千米の峠であびてるように爽快だったね。

言葉はそれでタクサンなのだ。否、単に間に合うというばかりでなく、それは目ざましく生きています。寛大という日本語と、ソフトというアメリカ語との差は、習い覚えたペルシャ語と生きている言葉との相違ですよ。