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ピッチャーさつじんじけん

投手殺人事件

坂口 安吾

「講談倶楽部 第二巻第五号」1950(昭和25)年4月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,243 字 · 57 页

青空文庫

新しい千円札は、こういう時に便利で、三百万といったって、あっちこっちのポケットへねじこめますね」

「ハテナ。その契約書は、墨で署名してありましたが」

「その通りです、ごらんなさい」

煙山はカバンをあけて、矢立をとりだして示した。

「野球の選手なんてものは、スズリだの毛筆だの、まア、持ってないのが多いもんです。ですから、私は、ちゃんとブラ下げて歩いています」

「さすがに細心なものですな。ところで、あなたは、東京から尾行した者があることを御存知でしたか」

「いいえ、それは知りませんでした。しかし、私の職業柄、常に尾行する者あるを予期して、行動しております」

「なるほど、それで分りました。ところで、あなたの東京発の時間を、誰か知っていたでしょうか」

「そうですなア。社内では、マア、社長。それから、誰でしょう。そう、たくさんの人が、知ってる筈はありません。たいがいなら、九時の特急と思うでしょう。一時間半おそく出発して、京都へつくのが一時間四十分ぐらい早いのですから。しかし、特急は知った顔に会うことが多いので、私はめったに利用しません」

「実はですな。御出発の前夜、専売新聞へ、あなたの出発時刻を知らせた電話があったのです。