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ぬきうちししべえ

抜打ち獅子兵衛

山本 周五郎

「講談雑誌」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,930 字 · 24 页

青空文庫

「なに、聞き捨てならぬことを云う」

「お望みなら金一枚、万一勝てば金十枚を呈上する、このうえ口論は無用だ」

「……藤兵衛」

虎之助は振返って叫んだ。

「そのほうこやつを打ち据えてやれ」

「承知仕りました」

供の中にいた男が一人、手早く身仕度をして進み出た。……綿貫藤兵衛といって、柳生の道場でも指折りの達者である。

「金一枚、約束でござる」

「無礼な! 金子など汚らわしい物を」

「まあよい」

虎之助は、面倒臭そうに云った。

「四郎右衛門望みどおり出してやれ」

「ははははは、さすがに鬼若殿は寛濶だな、いやそう眼を怒らせなくとも、ひと眼見れば松平虎之助殿とは分ります。江戸一番の大前髪、この次はお手合せを願いますぞ」

「無礼者、……いざ真剣で参れ」

藤兵衛が叫んだ。主人の名が出ては生かしておけぬと思ったらしい。獅子兵衛は微笑しながら木剣を取ると、

「真剣とはたのもしい、拙者のほうは誰が相手でも木剣と定めてある、……参ろうか」

不敵に云って二三歩さがった。

藤兵衛は腰の大剣を抜くと、籠手さがりの正眼につけた。獅子兵衛は木剣の柄下どころを左手に握って腰へ着け、右手で柄を軽く握ったまま棒立ちになっていた。