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ぬきうちししべえ
抜打ち獅子兵衛
山本 周五郎
「講談雑誌」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,930 字 · 24 页
隙だらけの構えである。
いや隙だらけというより、まるで木偶を立てたようなものだ。藤兵衛は呆れて眼を瞠ったが、その次の刹那には逆に、はっと自分の息が止るような驚きにうたれた。……隙どころではない、棒立ちになった体は凄じい精気を発し、軽く握って左の腰へ着けている木剣は、打ち込む機会を待兼ねて、生物のように脈を搏っている感じなのだ。そのうえ獅子兵衛の大きく瞠いた眸子からは烈々たる気魄が光のように放射して、そのままこちらを焼くかと思われるほどであった。
藤兵衛は呼吸が苦しくなってきた。
よく云われることであるが、上手ほど上手を識るというのは事実だろう。彼は獅子兵衛に対してまったく手も足も出なくなった。
「藤兵衛臆したか」
虎之助が声をかけた。
藤兵衛も無下な腕ではない、虎之助が声をかけたとき獅子兵衛の『気』に兎毛の尖で突いたほどの乱れが出た。と見るより疾く、彼は大きく踏み出しながら、
「やああ!」
と正眼の剣をそのまま突込んだ。
捨身の突きである。体ごと相手の体を突倒す勢で突っ込んだのだ。神速な、まことに美事な技であったが、あっと人々が息をのんだとき、獅子兵衛の体がわずかに左へ傾き、かっ! という音がして白刃が地に打ち落されるのと同時に、藤兵衛の体が二本の足を空へ、……だっと蛙潰しに地面へ叩きつけられていた。