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にぎったて

握った手

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第八巻第六号」1954(昭和29)年4月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,293 字 · 23 页

青空文庫

「アナタ、ちかごろ気がぬけたみたいよ。時々フッと消えてしまうみたいよ。ふりむけばちゃんといるでしょう。つまり、アナタ、しょッちゅう放心してるんだわ」

「そうでもないです。就職もダメだし、試験もダメらしい。気がめいることが多いので、ついね」彼は仕方なしにヘラヘラ笑って答える。自然に敬語で答えていたりするのである。綾子はその変化に容赦しなかった。

「変に卑屈だわね。全然三下って感じ。どこにも取柄がないみたいよ」

「つまり、たしかに、三下なんだ」

「赤くなっちゃったじゃないの。いくらか羞しいの? 怒ったの? どッち?」

「習慣的にすぎないです」

「こまった人ね。でも、いいわ。私、三下って、わりと好きなのよ」

「親分は?」

「むろん好きよ。でもね。親分には甘えたいわ。可愛がってもらいたいのよ。親分のオメカケ」綾子はいつも彼をハラハラさせた。彼の手の中からいつでもずり落ちそうな感じだ。彼女が会社のボスのオメカケにならないのはなぜだろうか。会社のボスが堅造なのか、彼女に腕がないのかと松夫は嫉妬した。

むろん綾子は口ほどではなかった。彼女は健全な良妻になりたがっているのである。