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くろかべ

文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁

泉 鏡花

泉鏡花『文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁』。同一底本的分册已合并为一书。收入:黒壁、霰ふる、遺稿、幼い頃の記憶、菊あわせ、甲乙。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 72,070 字 · 143 页

青空文庫

官吏もした、銀行に勤めもした――海外の貿易に富を積んだ覚えもある。派手にも暮らし、寂しくも住み、有為転変の世をすごすこと四十余年、兄弟とも、子とも申さず、唯血族一統の中に、一人、海軍の中将を出したのを、一生の思出に、出離隠遁の身となんぬ。世には隠れたれども、土地、故郷の旧顔ゆえ、いずれ旅店にも懇意がある。それぞれへ聞合わせて、あまりの懐しさに、魚市の人ごみにも、電車通りの雑沓にも、すぎこしかたの思出や、おのが姿を、化けた尻尾の如く、うしろ姿に顧み、顧み、この宿を訪ねたというのである。

一車は七日逗留した。――今夜立って帰京する……既に寝台車も調えた。荷造りも昨夜かたづけた。ゆっくりと朝餉を済まして、もう一度、水の姿、山の容を見に出よう。さかり場を抜けながら。で、婦は、もう座敷を出かかった時であった。

女中が来て、お目にかかりたいお人がある……香山の宗参――と伝えて、と申されました、という。……宗さん――余りの思掛けなさに、一車は真昼に碧い星を見る思がしたそうである。いや、若じにをされて、はやくわかれた、母親の声を、うつくしく、かすかな、雲間から聞く思いがした、と言うのである。