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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

あれから十二年たったけれども、私はやっぱり更級日記から一歩も進んでいなかった。いったいまあ、私はそのあいだ、何をしていたのだろう。革命を、あこがれた事も無かったし、恋さえ、知らなかった。いままで世間のおとなたちは、この革命と恋の二つを、最も愚かしく、いまわしいものとして私たちに教え、戦争の前も、戦争中も、私たちはそのとおりに思い込んでいたのだが、敗戦後、私たちは世間のおとなを信頼しなくなって、何でもあのひとたちの言う事の反対のほうに本当の生きる道があるような気がして来て、革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄だと嘘ついて教えていたのに違いないと思うようになったのだ。私は確信したい。人間は恋と革命のために生れて来たのだ。

すっと襖があいて、お母さまが笑いながら顔をお出しになって、

「まだ起きていらっしゃる。眠くないの?」

とおっしゃった。

机の上の時計を見たら、十二時だった。

「ええ、ちっとも眠くないの。社会主義のご本を読んでいたら、興奮しちゃいましたわ」

「そう。お酒ないの? そんな時には、お酒を飲んでやすむと、よく眠れるんですけどね」