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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

或る日、私は、夫からおこごとをいただいて淋しくなって、ふっとそう言った。

「知っています。細田でしょう? どうしても、思い切る事が出来ないのですか?」

私は黙っていた。

その問題が、何か気まずい事の起る度毎に、私たち夫婦の間に持ち出されるようになった。もうこれは、だめなんだ、と私は思った。ドレスの生地を間違って裁断した時みたいに、もうその生地は縫い合せる事も出来ず、全部捨てて、また別の新しい生地の裁断にとりかからなければならぬ。

「まさか、その、おなかの子は」

と或る夜、夫に言われた時には、私はあまりおそろしくて、がたがた震えた。いま思うと、私も夫も、若かったのだ。私は、恋も知らなかった。愛、さえ、わからなかった。私は、細田さまのおかきになる絵に夢中になって、あんなお方の奥さまになったら、どんなに、まあ、美しい日常生活を営むことが出来るでしょう、あんなよい趣味のお方と結婚するのでなければ、結婚なんて無意味だわ、と私は誰にでも言いふらしていたので、そのために、みんなに誤解されて、それでも私は、恋も愛もわからず、平気で細田さまを好きだという事を公言し、取消そうともしなかったので、へんにもつれて、その頃、私のおなかで眠っていた小さい赤ちゃんまで、夫の疑惑の的になったりして、誰ひとり離婚などあらわに言い出したお方