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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

誰にでも、思ったとおりを言える方だ。あなたのような方と一緒にいると、私の仕事にも新しい霊感が舞い下りて来るかも知れない」

と、おとしに似合わず、ちょっと気障みたいな事を言いました。こんな偉い芸術家のお仕事を、もし本当に私の力で若返らせる事が出来たら、それも生き甲斐のある事に違いない、とも思いましたが、けれども、私は、その師匠さんに抱かれる自分の姿を、どうしても考えることが出来なかったのです。

「私に、恋のこころが無くてもいいのでしょうか?」

と私は少し笑っておたずねしたら、師匠さんはまじめに、

「女のかたは、それでいいんです。女のひとは、ぼんやりしていて、いいんですよ」

とおっしゃいます。

「でも、私みたいな女は、やっぱり、恋のこころが無くては、結婚を考えられないのです。私、もう、大人なんですもの。来年は、もう、三十」

と言って、思わず口を覆いたいような気持がしました。

三十。女には、二十九までは乙女の匂いが残っている。しかし、三十の女のからだには、もう、どこにも、乙女の匂いが無い、というむかし読んだフランスの小説の中の言葉がふっと思い出されて、やりきれない淋しさに襲われ、外を見ると、真昼の光を浴びて海が、ガラスの破片のようにどぎつく光っていました。