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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
(秀吉につけば、名分のうえで歩が悪いし、信雄を援ければ、名分は立つが、将来の望みはまず薄い)
勝入の悩みは、もう一つある。
故信長と、勝入とが、乳兄弟であったことは、世上にかくれなしである。そうした深い関係から、信長の亡きのちも、信雄にたいしては、主従の礼節をすてるわけにゆかず、嫡男の紀伊守之助は、昨年以来、質として、信雄のいる伊勢の長島へ遣ってある。
(あれを、捨て殺しにもならぬし……)
というのが、秀吉の誘いに接するたびに、すぐ勝入の胸にのぼってくる惑いだった。
これを、家臣の評議にはかると、義は重し、名分は捨つべからず、という一部と、家門の繁栄と大利を占むるはこの時なり、と主張する老臣の伊木忠次らの意見と、ふたいろあった。
やはり勝入の胸のうちを、そのまま二つに現わしたような結果でしかない。
ここでも、日和見がつづいた。が、秀吉の催促、濃尾近界の戦雲の推移は、もうそれをゆるさなくなった。
(いかにせん?)
と迷いもいよいよ深刻になるところへ、はからずも、実にはからずも――長島へ質人として行っていた長子の紀伊守之助が、突然、帰されて来たのであった。