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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

その時もう、おちこちの水際から底の平たい鮎舟が河流を横ぎりはじめていた。それには山もりになった軽装の甲兵が、身を伏せ、次々に対岸へとび上がり、またすぐ舟は棹を返して、新たな組を運んでゆく。

迅かった。またたくうちだ。残された影は三蔵ひとりだった。やがて対岸から犬山城の下あたりで、いちどに夜をゆるがす武者声がわあっと揚った。――とたんに水分の多い夜空の一角がぼっと赤らみ、城下町の上をチラチラと光り舞う火の粉だった。

城内からも立ち騒ぐ声があふれた。が、それは狼狽と混乱のどよめきでしかない。また、逃げまどう味方を味方が怒り罵る叫びでしかなかった。ひとり城主中川勘右衛門の叔父にあたる者だけは、騒がず愕かず、

「この城の喪中をうかがい、嘆きの虚をついて、夜半来れる卑怯な敵は何奴か」

と、城壁の上に立って、りゅうりゅうと槍をふるい、当るを仆し、自身も満身に創痍をあび、のちの記憶にとどまるような死に方をした。

勝入の奇策は、適中した。犬山城は、手に唾するほどもなく、わずか半刻のまに墜ちた。

城内からも、城下からも、裏切りが出て、不意をつかれた城兵方を、いやが上にも混乱させたことが、この天嶮をかく短時間に落城させた原因の一つだが、もっと大きな理由はもともとこの犬山はそれ以前に、池田勝入が城主となっていたことがあり、町