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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

一歩先んずれば、その戦備に構築に、地の利を占め、要意に欠くなき利をうるであろう。家康はすでにそこに臨んで満を持しているのだ。秀吉は、その意味で、立ちおくれている。この十三日が暮れんとしても、なお、坂本からうごく様子は見えない。

これは相手を知らぬからではなく、家康の何者たるかを、知りぬいているからである。この相手は、明智、柴田の比ではない。要意のためには、立ちおくれもやむを得まい。彼は万全を期すのだった。丹羽長秀を抱きこむために。毛利をして西国に変を起させないために。上杉、佐竹に関東の背後をおびやかさせるために。四国、紀州の根来や雑賀党などの危険分子にまず潰滅を与えておくために。さらに手近な、美濃や尾張の信雄恩顧の諸将にたいし、利をもってそれを切り崩すために。

「殿。また、早馬です」

と、食事中にも、あわただしい取次が絶えない。

ちょうど、飯をたべ終ったところだった。秀吉は、箸をおくなり、

「どこから」

と、書状筥へ、手をのばした。

「使いは、尾藤甚右衛門どのの御家来です」

「や。来たか」

待ちかねていたものの一つである。

大垣の池田勝入の城へ旨をふくませて、再度の説客としてやった尾藤甚右の返辞。